「オレ ノグチ! よろしくな!!」
大きな声で バスに乗り込んで来て 片っ端から
バスに乗っている人に挨拶していたのは
となりのとなりのとなりの高校で
とにかく陽気なことで有名だった ノグチくんだった
噂は予々聞いていたが
ボクは彼に会うことなんて 一生ないだろうと思っていた
けれど そういうわけには いかなかった
2月の 田舎の駅から田舎の教習所に向かうそのバスは
進学や就職が決まった高校生ばかりが乗っていた
そこにいる だいたいの高校生は
春からの新生活に 夢をふくらまし だいたい浮かれていた
その日のそのバスに 初めて乗ってきたノグチくんは 噂以上に絶好調で
「⚪︎⚪︎の 元カノだよね?! オレ、ノグチ! よろしくな!」
などと そんな調子で 全員に挨拶をしまっくていた
全員に声をかけ終えると 今度は教習所に着くまでの30分間
「オレのヤバイ先輩 ジュンジさん」の話を 一人で延々と話していた
それに耳を傾ける者は 2~3人くらいだった
朝一番だったそのバス
朝一番のコマを 少し早めに終えたボクが待合室に戻ると
ノグチくんは 一人で黙って そこに座っていた
2番目のコマを終えて 待合室にいくとノグチくんは
とびきり憂鬱な顔で 誰とも話さず また一人で黙って座っていた
朝の様子から 想像もできないくらいに ノグチくんは憂鬱だった
どうやらノグチくんは 入校式の日を 1日間違えて来てしまったらしい
お昼まで帰るバスがない 田舎の教習所
ノグチくんは半日 羞恥心を噛み締めながら
その待合室で ただ黙って過ごしていた
次の日の朝一のバス ノグチくんは 静かにバスに乗り込んできた
そしてただ黙っていた 昨日の憂鬱を抱えたままだった
そしてノグチくんは 静かに入校式を 終えた
陽気で有名だったノグチくんの面影は
己の些細なミスで どこか遠くに消えてしまったようだった
教習所に行く前 ボクは 必ず立ち寄るコンビニがあった
となりの高校の かわいいあの子が バイトしてるからだ
白いナイキのエアフォースワンのローカットを履いていれば
だいたいおしゃれなヤツとされていた その時代に
あの子はいつも制服に 白いエアフォースワンのミッドカットを履いていた
その履きこなしが 妙にオシャレに思えて
ボクは そんなオシャレな彼女に恋をした
ボクはいつも そのコンビニで売っている一番オシャレそうなものを買い
ブサイクの田舎者の小太り野郎のくせに 必死でおしゃれアピールをし続けた
いつものように 教習所バスに乗る前 あの子のいるコンビニに向かおうとすると
あの子は ボクの目の前を 歩いていた
エリアシを長く伸ばした髪型のヤンキーと 手をつないで
「なんであんなオシャレな子が あんなヤンキーと!」
と発狂しそうなほど 悲しい気持ちでいっぱいになったボクは
窓ガラスに写る 自分を見ると
それ以上に 自分がブサイクであることに悲しみを覚えた
その日の教習で ボクは坂道発進を 大失敗した
教習所は 心の傷の癒し方は 教えてくれなかった
その次の日から ボクは教習所を登校拒否した
登校拒否したまま 31歳になった
だから今でも無免許なんだ
恋も 無免許のままなんだ
そんな教習所の思い出